火精
第14話・・・「痩身の男」

「処分?」
 殺すの? わたしを?
「そうだ……残念ながらな」
 痩身の男はわたしの方に向き直るとそう言った。
「俺は主人より命令を受け貴様を監視していたんだよ、松下亜矢に犯された日からな」
 か、監視? 何のために? そ、それに……
「わ、わたしは、ご、ご主人様に犯されてなどいない」
「貴様が有害な妖魔なら俺の判断で処分するようにな」
 男はわたしの言葉を無視して話しを続けた。
「今から十四年近く前か、お前が生まれたのは……そのときお前の母の一族はお前を処分しようとしたが……まあ、この話しはおまえも知っていようから要点だけ話す。お前の母の一族は妖魔として覚醒したお前が人類の敵になるようであったら、お前の両親がどう言おうと殺害するつもりだった。そしてお前が危険かどうか一族の命令で俺が調査していたって事だ。
 もっとも、お前が松下亜矢などの下僕にならず、我が主の下僕になっていれば生き長らえることもできたがな」
 男は残忍な笑みを隠さずにわたしを睨みつけている。
「そ、それってどう言うこと? わたしのご主人様が亜矢さんじゃなんでダメなの? なんであんたの主の下僕になっていれば助かるの?」
 男の話は全くつかめなかった、母の一族がわたしが危険だから処分するという考えはあたしの人権を全く無視していることだが考え方の一つとしてはわかる。
 だけど、なんで亜矢さんがご主人様だと殺されて、この男の主が主人なら殺されないのかは意味がわからない。
「松下亜矢はな……お前を御せる力がない、いや、妖魔使いとしての能力は皆無に近いんだよ」
 ! そ、そんな……ご、ご主人様に妖魔使いとしての能力がない? で、でも……
「確かにあの女は「人間の身体に神々の力を持つ者」だ。しかしな、その力は極めて弱い、精を貯めておくことも殆どできないはずだ、普通の能力があればお前が他の人間から精を摂取する必要などない。どんなに離れていても主からは精を得ることができるからな。
 しかしお前は松下亜矢の下僕になってから五人の人間を犯し精を得た、そしてこれからも人間を犯しつづける、お前が妖魔でありお前の主が松下亜矢である限りな。
 それに同級生を殺したことも危険因子の一つだ、ああも簡単に人間を殺すのは下僕としても危険過ぎる、感情のコントロールができない下僕は野良犬と同じだ」
「で、でも……」
 わたしは反論した。
「ゆ、由紀は確かにわたしが犯した……これは認める……悲しいけど。でも、そこの四人は向こうからわたしを犯したんだ、わたしは嫌だったのに……泣いて拒絶したのに無理やり……おか……」
「違う」
 男はきっぱり否定した。
「お前が犯させたんだ」
 犯させた? わたしが自分から誘ったって事?
「そんなこと……」
 そんなことない、わたしは否定したかった……でも……
「否定できぬようだな? お前は態度に出していたんだよ「犯してくださいとな」そこの女はお前に何をした? お前を助けてくれたのではないか?」
 餓鬼のような姿になり気を失っている繭子の方に目を向け男は言った。
「お前を最初から犯すつもりに思えたか? 違う! お前が誘ったんだよ、幼児のように無垢な振りをして虐めて欲しいと無言で要求したんだよ。
 普通の人間であるこの女が妖魔の誘いに絶えられると思うか? 結果はこれだ、お前は自分を助けてくれた親切な人間を食ったんだ」
「で、でも……ほ、他の……」
 わたしは必死に否定しようとした。
「男達のことを言いたいのか?
 妖魔である俺やお前には感じないが、この部屋の中は人間の感情を狂わす気で充満している。お前が発生させたんだよ、この女を狂わせるために、女に自分を犯させるためにな、男共もこの部屋の空気にやられそしてお前の誘いに答えただけだ。全てお前がさせたんだ、自分で自分を犯させ悲劇の主人公を演じていただけなんだよ」
「で、でも……」
「あの同級生もそうだ、お前が自分で誘ったんだ。あの少年に女を犯すだけの度胸がないことぐらいお前も知っているだろう?」
「あたしは拒否した!」
 そうだ、安藤のときは拒否できたんだ、確かに安藤を殺してしまったが……
「それはただ単にお前が処女で、男が怖かっただけだ。そこで寝ている馬鹿男達は運良くお前がその女によって昂ぶっていたために助かったが、同級生は運がなかったそれだけだよ」
 なにも言えなかった。男の言っていることは当たっていた、男に言われて自分でわかった自分の卑しさを、いくら頭の中で反論しようとしていてもわかっているんだ……自分がどういう存在かを……それに……
「罪悪感もなくなって来ただろう?」
 男が言った。
 その通りだ、由紀を犯したことも、安藤を殺したことも、そして繭子達の事も……さっきまであった罪悪感が弱くなってきている。
「それはお前が完全に妖魔と成りつつあるからだ、身体もそうだが感情までな、そうなれば人間を犯そうが殺そうがなんとも思わない、現に俺もそうだ、ただ理性で押さえているだけだ。
 しかし、お前はそれができるようにはならない」
 男は断言した。
「な、なんで?」
「俺は人間を犯し精を摂取する必要がない、主から分け与えられるからな、だがお前はどうだ? 主から精を得ているか? 主に抱かれたとき以外に精を得ている感覚があるか? ないだろう、お前の主に力がないからだ。 お前は人間を犯さなければ生きては行けないんだよ」
 そ、そんなのない……わたしがそんな風に生きていかないといけないなんて……いっそ死んでしまった方が……で、でも……わたしは母の言葉を思い出した。
「大人しく殺されろ、人間の感情が残っているお前なら死んだ方がましだと思っているはずだ、今のうちに死ね苦しまさないでで殺してやる」
 男は今までと打って変わり優しい口調で言った。
 そうなんだ、わたしなんて、わたしなんて死んだほうが……わたしがいなければ由紀も、繭子さんも……あれ? 違う、わたし大事な事を……大事なことを忘れるところだった……そう、とっても大切な事を……
「嫌だ……」
 わたしは……
「な、なに?」
 男はもう一度聞き返した。
「嫌だ、絶対に殺されるもんか!」
 わたしは断言した。
 そうだ、わたしの命はわたしだけの物じゃないんだ、お父さんとお母さんが命をかけて守ってくれた……大切なもの、それを自分の勝てた判断で捨てることなんてできない、わたしの命はお父さんとお母さんの愛の結晶なんだ!
「何故気が変わった? さっきまでは命を捨てた顔だったはず……」
 男は不思議そうな表情でわたしを見つめる、既にとうの昔に人間の感情を失っている男にはわたしの心境の変化の理由はわかるはずがない。
「まあいい、久しぶりに楽しむのも良い」
 男が両手を前方にかざすと物凄い衝撃がわたしを襲った。わたしはバルコニーの窓を破り七階のベランダから道路に叩き付けられた。
「ぐぅふ!」
 背中から地面にぶつかり呼吸が一瞬止まった、口から鮮血が零れる。妖魔になっても赤い地は流れるんだ……こんな状況なのにわたしは不思議と冷静だった。
 わたしは起きあがるととっさに身を翻した、その途端に一瞬前までわたしが倒れていたところに男が飛び降りてきた……危なかった、あと少し判断が遅れていたら……男の足元はアスファルトが半径一メートルくらい衝撃で捲れ上がっていた、あのまま寝ていたらあたしがああなっていた。
「よく交わしたな」
 男がにやりと笑う。
 あたしは安藤を燃やしたときのように右手に意識を集中させる。するとあの時のように右手に青白い炎が生まれた、しかもその大きさはあの時とは比べ物にならない。
 イケル!
 あたしは思った。これなら闘えるかもしれない。右手を振りかざし炎を男に投げつけた、男は紙一重で交わしたけど、だけど今度は左手に炎を発生させる。あたしは次々と炎の塊を生み出しては男に連続して投げつける。
「ふんっ、力はあるが、使い方が全くなっていない……」
 男はあたしの火の玉を交わしながら物凄いスピードであたしに肉薄すると右の掌をあたしの鳩尾に当てる。
「!」
 一瞬にまるで雷の直撃を受けたかのような衝撃がわたしの身体を突き抜けた。わたしは血反吐を吐いてその場に膝を付いた。
 そして次ぎの瞬間男の脚が目の前に迫った、あたしは男に顔面を蹴飛ばされ空中で身体を一回転させると数メートル吹っ飛ばされて地面に激しくキスをした。
 前歯が数本折れ口から血が流れ出る……
「くっ、アスファルトでぶつかった程度で歯を折るなど……精の使い方を全く知らんな、嘆かわしい」
 男は哀れむような目でわたしを見つめる。
 悔しい……このまま何もできないで、そして意味もわからないまま殺されるなんて……嫌だ、絶対に……何がなんでも生きてやる! そう心に強く思うとあたしの中の炎がまるで感情が乗り移ったかのように大きくなりだした、そして……
「な、なんだこの精は……まるで炎の化身……」
 男は目を見張った、あたしの身体は青白い炎に包まれていた。
 カッと目を見開き、あたしは頭から男に突っ込んだ、そのスピードは今までとは比べ物にならない。男の腹に頭からぶつかる、男はあたしの身体を受け止めて腹に膝蹴りを入れるが痛みは全く感じなかった。あたしはそのまま男の腰に手を廻し、全神経炎に集中させた。炎は一層強く燃えあがり男の身体まで包み込んだ。
 燃えろ! 燃えろ! みんな燃えちゃえ!!
 わたしは炎の温度をどんどん上げていった、炎の色は一段と青白くなる。わたしからは男の表情は見えないがきっと苦悶の表情をあげているはず……いくら妖魔といってもこれだけの炎に包まれて無事なわけが……
「なかなかの物だ……」
 頭上からの男の声にあたしは愕然とした……き、効いていない……
「覚醒してすぐにこれだけの炎を使えるとは……まるで火の精霊のように美しいぞ。
だが残念ながら俺には効かん、お前と俺とでは精の蓄えが違うどんなにお前が頑張ろうとも俺はそれを中和する術も力もある、あと十年、お前が本来のお前の力に相応しい主人のもとに使役し精を蓄え技術を身に付ければ俺以上に強くなれたかもしれないがな」
 男はそう言うとあたしの腕を軽々外してあたしを両手で頭上に持ち上げると、そのまま地面に全体重を掛けて投げ下ろした。
 悲鳴もあげることもできずに激痛のあまり意識が飛びそうになり衝撃で身を覆っていた炎が消えてしまった。しかし男は攻撃の手を休めない。あたしの右足を掴むと軽がると振りまわし何度も地面に叩き付ける、身体がばらばらになりそうなほど痛い、だけどあまりの痛さ、そして続け様の衝撃に悲鳴を出す事もできない。そして最後には投げ捨てた。
 地面に転がりわたしは自分の脚を見て息を呑んだ、明らかに左右の長さが変わってしまった、男に握られた右足は股関節や膝の関節が外れ、靭帯や筋が伸びきり左に比べて十センチ以上長くなっている、立つ事など当然できない。
 身体のほかの部分も血まみれだった、右目はつぶれてなにも見えないし、鼻も潰れていて息がし難い、両耳から生暖かいものが流れているおそらく血だろう。右肩も打撲によって脱臼しているみたいで動かない、何とか自由になるのは左腕と左足だけだった。
 それでもわたしは立ち上がろうとした。死なない、死ぬものか……そして再び炎で身体を包み込む。
「まだ戦う気か?」
 わたしは全神経を左手の人差し指に集中した。炎がそこに集まっていくのが感じる。
「今更何をしても勝てぬという事がわからんか?」
 男の声にわたし破全く耳を貸さなかった。
 わたしの体内の炎、体を覆っていた全ての炎が人差し指一点に集中した。
「最後の力を振り絞っての攻撃か? 無駄だ。 確かにその炎なら俺に通用するかもしれんが、お前はそれを俺に当てる事が出きるか?」
 男は嘲笑した。
「う、うるさい!」
 わたしは、全身全霊を込めて左手を男に向かって振るった。パチンコ玉ほどに凝縮されたわたしの全ての精を込めた炎が男に向かう。
 だが、それは呆気なく交わされてしまった。
 男の顔面を狙った炎は、男が軽く首を傾けただけで目標を外れ、遥か宇宙まで飛んでいってしまった。
 わたしはもう立ち上がる事もできない、そのまま地面に倒れこんだ。
 ……ごめんなさい。お父さん、お母さん、わたし殺される……生きれなかった……ごめんなさい……
 男がわたしの足元までやってくる気配がする。
 ……もう、もう終わりだ。
 !……右足に激痛が走った。男に掴み上げられたようだ。
「最後に楽しませてもらうぞ」
 冷たい男の声がした。

もどる

動画 アダルト動画 ライブチャット