火精
最終話・・・「Is waiting for you eternally.」

「……!」
 ボロボロになっている右脚を掴み左足を踏みつけて男はわたしの股間を広げる、激痛が身体を突き抜ける。
「さて、戴くか」
 男はそう言うと怒張したペニスを出した、それは健二達とは比べ物にならないほど巨大なものだ。その巨大なペニスをわたしのアソコにイキナリ押し込んできた。
「……っ」
 わたしは悲鳴を発しそうになるのを我慢した。この男にだけは弱みを見せたくなかった。
「鳴けよ」
 男はそう言いながらゆっくりとピストン運動を始める、早急な健二達の動きと違い男のペニスの形がわたしの入り口ではっきりわかるような動きだった。
「……」
 悔しいが物凄い快感だった。妖魔というものがこれほど快感をもたらす存在だったなんて、きっと由紀や繭子達も同じように快感を得ていたんだろう、だから二人ともおかしくなってしまったんだ……わたしが二人を狂わせたんだ……
 男のゆっくりとした動きは止まらない……ダメだ……このままじゃ負ける、快感に負けちゃう……それだけは嫌だった、自分を殺そうとしている奴に屈服したくはなかった……片方しか見えない目で男を睨みつけ血が流れるほど唇をかみ締め快感に絶えようとした。
「ほう……なかなか頑張るな……」
 男は憎らしいほど余裕を持った表情でわたしを見つめている。
 き、きもちいいよぅ……またっく表に出さなかったがわたしは心の中ではよがり狂っていた。自分で腰を動かしたかった。男に抱き付いて声を出したかった。だけど、ここで負けたら死ぬしかない、絶対死にたくない、死なない、お母さんのためにも、お父さんのためにも……そしてご主人様のためにも……ご主人様……ご主人様……ご主人様……ご主人様助けて……ご主人様のことを思い出した途端に急に感情が高ぶってきた。
「ご、ご主人様助けてよ! 有宇子を助けてよ! ご主人様!!」
 わたしは深夜の誰も出歩いてない街中で絶叫した。
 もうわたしにはご主人様しかいない、もう両親とは別れたんだ……
「ご主人様……ご主人様……」
 わたしはご主人様を呼びつづけた、例え来なくても……それでも今のわたしにはご主人様しかいなかったから……
「ゆ、有宇子……」
 ご主人様の声がする……ついに幻聴まで聞こえてくるなんて……
 不意に男の動きが止まった。
「ま、松下亜矢……何故ここに……」
 男のペニスがわたしの膣からすっぽりと抜けた。
「あん……」
 わたしはついに声を上げてしまった。
「有宇子……可哀想に……こんなに、こんなになって……」
 誰かがわたしの上半身を抱き上げた……ご主人様のにおいがする。薄っすらと左目を開けるとご主人様の顔が見えた……ついに幻覚まで見え始めたんだ……
 い、いや、違う……
 男との闘いでカラカラに渇いていたわたしの身体に、暖かな精が流れ込んで来た。ご主人様、ご主人様が確かにここにいる。わたしを抱きかかえている。
「なんで、なんでこんな酷いこと!」
 ご主人様、泣いてる……泣かないで……
「こうなったのは貴様の監督不行き届きではないのか? 中途半端にこの娘を覚醒させ弄んだのは貴様ではないのか?」
 わたしは唯一動く左手でご主人様の涙をすくった。
「この場所を気配だけで見つけたのは流石に神々の血を引くものだ、だが貴様にその娘を下僕として扱うだけの器があるのか?」
「あ、あたしは……」
「貴様は一族の中でもおちこぼれている自分を認めさせるためだけに、その娘に手を出したのではないのか? そのためにその娘は苦しんだのではないのか?」
「ち、違う……あたしは……いや、最初は確かにそうだったのかもしれない、初めて……始業式の日にはじめて有宇子を見たとき、この子を妖魔とわかったときその潜在能力を感じたとき、この子を自分の下僕にすれば、あたしを見下している両親や家族、そして橘の人間を見返せると思った……だ、だけど有宇子を見ているうちに、有宇子と接しているうちに、本気で、本気で有宇子を愛してしまったの……誰にも、誰にも渡したくない……例え橘の長、いや皇の長といえども」
 ボロボロと冷たいものがわたしの顔に落ちてくる、嫌だ……ご主人様そんなに泣いたら嫌だ……わたしまで悲しくなる。何時の間にかわたしまで泣いていた。
「ご、ご主人様のせいじゃない……」
「ゆ、有宇子、喋れるの?」
 ご主人様は驚いてわたしを見つめた。ご主人様が精を与えてくれたおかげでわたしは何とか回復し始めた。わずかに右目の腫れは引き何とかご主人様の顔が見える。
「わたし、わかってるの、ご主人様が有宇子を本気で愛して下さっているってわかってる。だからね、泣かないで、ずっと一緒にいよう……」
 わたしは何とか動くようになった右腕でご主人様に抱き付いた。
「有宇子、有宇子……ゴメンね、あたしの、あたしの自分勝手な行動で有宇子がこんな目にあっちゃったの……本当にあたし、有宇子のこと好き……でも、あいつのいう事も間違っていない、最初は有宇子のこと利用しようとしてた……でも信じて、あたし、あたしが有宇子のこと本当に……心から愛していたって事だけは……」
 あ、"愛していた"? なんで、なんで過去形なの?
「誰にも有宇子を渡したくない……それは本心だけど、有宇子は、このままじゃ不幸になる……だから、だからあたし決心したの、有宇子をあの方にお譲りするって……」
 譲る? あの方? 何の事? わたし嫌だ。ご主人様と離れるなんて嫌だ……
「やっと決心してくれたか……亜矢」
 また一つ新しい人影が現れた。
 その声は聞いたことのある声だった。
「このまま君や彼女を殺すのは、僕にはできない……ありがとう亜矢、辛いだろうが決心してくれて」
「た、橘……クン?」
 現れたのは橘クンだった。わたしの憧れてた人ずっと心に思っていた人が……なんで? なんでここに橘クンが?
「白竜(パイロン)ご苦労だった、下がれ」
 橘クンがそう言うと痩身の男は橘クンの影へと消えた。隠遁術、妖魔の力の一つだ。
「聖人様……ゆ、有宇子をお願いします」
 ご主人様は橘クンに頭を下げた。
 どう言うこと? 聖人様ってなに? 橘クンがあの男の主? 橘……そういえばお母さんの旧姓が……両親は親戚付合いがなかったために今まですっかり忘れていたが、母の旧姓も橘だった……ま、まさか……
「柏木さん、ゴメンね、白竜に君に酷い事をするように命じたのは僕だ、亜矢にこのままでは君の為にならないと教えるためにね……僕は君のお母さん、そして亜矢の一族の本家である橘家の当主……そしてこの日本の退魔師を統べる皇一族の宗主なんだ。皇大和(すめらぎやまと)そう呼ぶ人もいる」
 た、橘クンが退魔師だったなんて……それも日本の退魔師を統べる……わたしはいきなり物凄い事実を付きつけられショックのあまり言葉も出なかった。
「柏木さん……いや有宇子……僕の下僕になるんだ、そうすれば君は処分されない。この現状で君がいきる最善の処置はそれだ、亜矢では君を……」
「や、やめて!」
 わたしは橘クンの言葉をさえぎった。
「わたし、橘クンのこと好きだった……人間として恋してた、憧れてた……だけど、ご主人様は違うの……わたしのご主人様はご主人様だけなの……だから……」
「だめだよ……僕は君達二人を殺したくない……亜矢は従妹だし、幼い頃からいっしょに育った幼馴染でもある。それに君は……君は僕の初恋の人だ……殺す事はできないよ」
 は、初恋の人?
 橘クンの目からも涙が出ていた。
「君は僕の下僕になると僕らが幼い頃から一族の中では決定していた。幼い頃からそう教えられてきた僕は何度か君を見に行ってたんだ、僕が将来下僕にする妖魔というのに興味があって……でも、それは可愛い女の子だった、怪物なんかじゃなかった……友達と楽しそうに遊んだりしている君の姿は可愛くて……そして、そして僕は、何時しか人間「柏木有宇子」に恋をしていた。君の笑顔が脳裏から離れなくなってた……君は知らなかっただろうけど……
 僕は……僕は……自分の立場が悔しい……こんな身分じゃなければ自分から君に告白できたのに……いや、くだらないセンチメンタリズムに捕らわれないで自分の物にしてしてしまえば良かったんだ、そうすれば……」
 そ、そんな……今更、今更こんなになってからそんなこと言われたって……遅いよ、遅すぎるよ……わたしどうすれば良いの? わからないよ……
「亜矢は僕から君を横取りした、一族の中での処分は死刑だ。見分不相応の妖魔を使役させようとして失敗、死人まで出している……僕はそれを回避するために条件を出した、一族にね。
 その条件は君を改めて僕の下僕にすることだ、そうすれば君は人を襲うこともないだろうし、君をこれ以上苦しめないですむ……と思ってたんだけど……どうやら僕が思った以上に君達の絆は深かったみたいだね」
 橘クンは悲しそうな目でわたし達を見ていた。
「ま、待ってください。あたしは殺されてもかまいません、だけど有宇子は殺さないで、お願いします、有宇子だけは助けてください」
 主人様はわたしを優しく横たわらせると立ちあがり必死に嘆願した。
「あたしが全て悪いんです! あたしが身分不相応な事をしたからこんな事に……全部あたしの責任です。安藤君が死んだのも、有宇子が人を襲ったのも、全部あたしが悪い、あたしが悪いんです。
 あたしが、あたしが生まれてこなければ……この世に存在しなければ、有宇子だってこんな事には……」
 嫌……ご主人様そんな事言わないで……
「あたしがいなければ……あたしがいなければ有宇子は、聖人様の元へ行ってくれる……あたしが……」
 そこまで言うと、突然ご主人様はポケットからナイフを取り出すと自分の胸に、心臓に突き刺した。
「い、いや! ご……」
「あ、亜矢!」
 まるで時間が止まったようだった。わたしと橘クンは一瞬の出来事に言葉を失いただ見ているだけだった。
 ご主人様の胸から溢れる鮮血でわたしは真っ赤に染まった。
 橘クンが駆け寄る。
 血は止まらない、ご主人様も橘クンもわたしも真っ赤になった。
 わたしは血が出ないようにご主人様の胸を押さえる……全く無意味なことだった、ナイフは心臓に達していた……
「いやだ、いやだよ、死なないで、ご主人様死んじゃ嫌だ!」
 わたしは泣きじゃくるだけだった、見る見る顔から血の気が引いていく。
 橘クンが救急車を呼んだ。
「ゆ、有宇子お願いがあるの……」
「だめ!喋らないで!」
「有宇子……死なないで、生きて……」
 ひ、酷いよ、自分は死のうとしてるのに……わたしは悲しみを背をって何百年も生きなきゃならないなんて……
「わたしの出す、最初で最後の命令よ……破ったらしょうち……し……から……」
 ご主人様はそれっきりなにも喋らなかった……
「いや、いや……」
 わたしは声も出せなかったただ涙が止まらない……
 隣で橘クンも泣いてる……本気でわたし達のことを心配してくれていたんだ……
 ご主人様は自分がいる限るわたしが橘クンの下僕にならないとわかってたんだ、だから、だから自分が死んでまでわたしの事を……
「ご主人様……わかりました命令は守ります……わたし頑張って生きます、橘クンの下僕になります! だから、だから死なないで……死んじゃやだ、やだよう……」
 わたしは決して返事をしないご主人様を抱きかかえて、泣きながら呼びかけつづけた。

 三日後
 わたしは一人ご主人様の葬儀に参列する事も許されずに火葬場で骨と灰になるご主人様を遠くから見つめていた。
 本当は参列したかったんだけど「失踪中」のわたしがクラスメイト達がいる中、ノコノコと葬儀に参列できる筈もない。
「泣かないのか?」
 わたしの横で白竜が見ている、散々わたしに酷い事をしたのにその後わたしに接する態度は優しい。
「うん、泣いたら「ご主人様」心配するから……心配しないでって言ったから……」
「そうか……」
 白竜はそう言ってうなずいただけだった。

 わたしは身も心も聖人様にささげ彼の下僕となった。ご主人様の命令に従いわたしは生きつづける。そのために聖人様のために生き、従おう……それがご主人様の望んだ事だから……
 でも、わたしの、わたしの「ご主人様」はご主人様だけだから……いつかご主人様が生まれ変わったらわたしきっと見つける、だから今度こそ本当にわたしのご主人様になって……だから……その日まで待ってます。


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