火精
第9話・・・「血脈」

 憂鬱な月曜の朝、鏡に映るわたしの顔の目の下には大きな隈ができている。それに頭痛や吐き気、身体がだるくまるで鉛でも飲み込んだかのように重い。それに、土曜日からわたしはほとんど睡眠をとっていない。いや、眠れないのだ、目を閉じるたびに安藤の苦悶に満ちた顔が浮かび上がる。安藤……わたしが殺した……わたしが人を殺した。
 今鏡に映っているのは、人殺しだ、あ、あぁぁ……
 わたしは洗面台に手をかけると、そのまま泣き崩れてしまった。
「ゆ、有宇子、どうしたの?」
 わたしの様子がおかしいのを察した母がやって来て背中から声をかけた。
「お、お母さん……」
 わたしは振りかえって母の顔をじっと見た。心配そうな目をしてわたしを見つめてる。
「土曜からあなたずっと様子が変だったけど、あなた、まさか……」
「ああ、お母さん、お母さん……」
 わたしは泣きながら母に抱きついた。母はシッカリわたしを抱きしめる。
「わたし、わたし……ひ、ひとごろ……」
「いいの、わかったわ、あなたが何を言いたいかわかってる。あなた、目覚めてしまったのね……」
「お、お母さん知ってたの?わたしが人間じゃ……」
「お母さんは、有宇子のことならなんでも知ってるわ。生まれたときからわかってた、何時かこうなる事は、でも……その日がこないように、心から願ってた……」
 母はわたしの頭を優しく撫でながら言った。
 そして、わたしたちに流れる、人間ならざるもの「神々」の血について話してくれた。それは、わたしの記憶の奥底から蘇ってきたものとほぼ同じものだった。

 わたしたちの祖先は、はるか昔はその強大な力で、まだ文明らしきものを築き始めたばかりの人間たちに、「神々」と崇められ君臨してきた。「神々」はその出現の起源は不明だが、存在を維持するのに人間が絶対に必要だった。何故なら「神々」らの「糧」は人間の「精」すなわち生命のエネルギーだったからだ。
 人間たちは「神々」に自らの「精」を代償に様々な恩恵を受け、知識を得、文明を発達させた。「神々が」「精」を摂取する方法は、最初は肉体的な接触、ただ身体を触れるだけであったが後にもっと効率的に摂取する方法が発見された、それは「性的接触」即ち「生殖行為」だった。何故なら生殖行為は生物が繁殖していく上でもっとも必要な行為であり、そのときに発生するエネルギーは通常とは比較にならないほどに巨大で、純粋だった。そのため「神々」は人間の肉体を欲し、人間は「神々」に与えれれる通常では与えられる事が出来ぬほどの快楽に溺れ両者は交わりを繰り返した。
 その結果「神々」は膨大な力を得、ますますその支配は強大化さた、だが、彼らは自分たちで制御し入れぬほどの力に恐れ、人間との接触に距離を置くことになる。自らが創った「異なる空間」に引きこもった。俗に言う高天原であり、ヴァルハラでありオリンポスである。そして巫女や神官と呼ばれる者を通してのみ人間と接するようになり、よほどの理由がない限り人間たちの世界へ現れることはなくなった。
 しかし、彼らは置き土産をしていった、自らの子ども等である。「神々」と人間の間に生まれて子どもたちは、最初は普通の人間と思われたが、中にはまったく人間と異なるものがいた、それが「妖魔」だ。「妖魔」たちは「神々」の血を引くものの中に突如生まれた、「先祖返り」いまで言う隔世遺伝だ。うまれて間もない子どものころは人間と外見、性質ともに全く変わらないが、ある年代を栄えに覚醒し「力」を行使するようになる。その力は「神々」には遠く及ばないもののその寿命は「神々」と同じく永遠で、肉体も人間では太刀打ちできぬほど強靭だった。
 「神々」と「妖魔」その最大の差はエネルギーのキャパシティである。神々は「精」を無制限に取りこむことが出来たが「妖魔」は有限であり、固体により差が激しく、キャパシティの少ないものは絶えず「精」を供給していなければ待っているのは衰弱による死だった。そのために力の弱い「妖魔」は人間を襲うようになり、人間と「妖魔」は敵対するようになる。それと反対に、力の強い「妖魔」は父であり母である「神々」のように人間に接し、時に崇められ、時に恐れられたその力を蓄えた。そして、力が最大に達すと「化身」した。その姿を「竜」と言った。
 そして、もう一つ「神々」が落とし子がいた、「人間の身体に神々の力を持つ者」だ。その名の通りに人間の身体を持ったまま、人間の精神を維持したままで「妖魔」のように「神々」の力を行使するもの。「人間の身体に神々の力を持つ者」は唯一人間が襲いかかる「妖魔」に対抗し得る手段だった。「人間の身体に神々の力を持つ者」だけが「妖魔」と対等に戦い駆逐しえた。「人間の身体に神々の力を持つ者」は「妖魔」退治を生業とすることから「退魔師」とも呼ばれた。
 「妖魔」と「人間の身体に神々の力を持つ者」の違いは外見だけではなかった。一つは寿命、「精」さえ供給されつづければ「神々」と同じ無限の寿命を持つ「妖魔」に対して「人間の身体に神々の力を持つ者」の寿命は、普通の人間と大差なかった。肉体もそうである。「人間の身体に神々の力を持つ者」はあくまで人間であった、その肉体はどんなに鍛えても人間の領域を脱することは叶わなく、「神々」は元より「妖魔」にも遠く及ばなかった。そして、最も重要な部分はキャパシティの違いだった。「人間の身体に神々の力を持つ者」は「神々」のように無限に等しい「精」のキャパシティを持っていた、そして人間である彼等は「精」を自ら生産することが出来た、即ち「神々」のように人間から摂取する必要がなかった。だが、「神々」に匹敵するエネルギーを獲たからといってそれを使いこなせたかといえば、答は「否」である。「神々」の強大な力を使うのに人間のもろい肉体が耐えられるはずもなく、それ以前に「神々」が数千年を超える刻をかけて蓄えた力に同等する「精」を人間の短い一生で蓄えられるはずもなかった。
 あるとき「妖魔」の中に「人間の身体に神々の力を持つ者」に組みするものが出てきた。理由は簡単である、「妖魔」にとって必要なものは、人間の「精」であってそれさえ供給されつづければ人間をそう必要はない。そして「人間の身体に神々の力を持つ者」は「神々」には劣るものの、通常の人間とは比較にならないほどの「精」を発しそのキャパシティは「神々」に匹敵する。そう「人間の身体に神々の力を持つ者」と共にいれば「妖魔」は飢える事がないのだ。そうなれば「人間の身体に神々の力を持つ者」と闘うという危険を犯してまで人間を襲う必要がないのだ。
 「神々」にとって契約は絶対であった、たとえ口約束であっても一度交わした約束は尊重され、それを破ることは自らの存在を危ぶめることになった。そして「妖魔」も本来は神の血族である、「妖魔」もそれに準じ契約を絶対的に尊重した。「人間の身体に神々の力を持つ者」たちは「妖魔」と契約をした「自らの下僕となり使役すること」を、そしてその代償に「己の命が燃え尽き死が訪れるまで「精」を分け与えつづけること」を……そして、「妖魔」を使役する「人間の身体に神々の力を持つ者」は「妖魔使い」と後に呼ばれることとなる。
 「妖魔」には「人間の身体に神々の力を持つ者」の下僕になるメリットは「精」の供給源だけではなかった。下僕となり主の強大なエネルギーを力にすることが出来た「妖魔」は様々な新しい力もえる事が出来るようになった。下僕となった代償で獲た強力な力を、「妖魔」たちは同胞を殺戮するために惜しげなく行使した。
 だが、その契約には穴があった。そう、「妖魔」の永遠に近い寿命反し、その主となる「人間の身体に神々の力を持つ者」は百年に満たない寿命しかない。そこで「人間の身体に神々の力を持つ者」たちは自分たちの力を子孫に残すべく、力を持つ者同士の近親結婚を繰り返し、時には「妖魔」の血さえも一族に加え、自らの中に流れる「神々」の血を濃いものにしようと考えた。「人間の身体に神々の力を持つ者」が一つの世代の中だけでも絶えることがなければ、少なくとも下僕と化した「妖魔」だけは押さえることが出来る、その策は成功した。血を濃くすることにより、力の差はあるものの「人間の身体に神々の力を持つ者」は着実にうまれるようになった。
 それに、「妖魔」中には、人間を襲う行為自体を快楽とするものや、神々の血を引くものとしての誇りが高く下僕になることをしないモノも多く、「妖魔使い」「退魔師」の役目がなくなる事もなかった。

「だけど、それだけじゃなかった……」
 母はつぶやいた、まだわたしを抱きしめたままだ。
「「人間の身体に神々の力を持つ者」は「神々」の血を次ぐ者、それは「妖魔」と同じ血……その家系から「妖魔」が産まれるのは必然だったの……」
「そして、わたしがうまれた……」
 涙はとうに乾いていた。
 母は話しを続ける、
「わたしも、退魔師の家系に産まれたんだけど、「人間の身体に神々の力を持つ者」の力は持ってなかったの、だけど、幼い頃から退魔師の血を引くものとして育てられ、その血を絶やすことは出来なかったの……お父さんとお母さんの家は、同じ退魔師の家系って事もあって、二人とも子どもの頃からの知り合いで、まあ、幼馴染って奴ね。それでまあ、お父さんとは、年も近いこともあったし、なんとなくって言うか、お互い好きあって結婚して、あなたが生まれたの。いや、その前にひとモンチャクあったんだけどね」
「ひとモンチャク?」
「まあ、早い話が今で言う「出来ちゃった結婚」なのよ」
 え? で、出来ちゃった結婚? あの固いお父さんと?
「あ、勘違いしないでね、あなたが出来たから結婚したわけじゃないから、あなたができなっかたとしても、わたしとお父さんは結婚してたから」
 う〜ん、それはそれで、なんか癪に障る言いかただ……
「まあ、両家の親ともこいつ等そのうち結婚するだろうって、感じてたみたいだったしね。それだけじゃなくて……」
 それだけじゃない?
「あなたの力が、あまりに強大過ぎた事……」
「強大? わたしが?」
「自分では自覚してないかもしれないけど、あなたの血からは「妖魔」としては、あまりに強大なの、「竜」に化身できるほど」
 わ、わたしが「竜」に? 「妖魔」の記憶が甦ったのになんか自分でもピンとこない……
「あなたの力を恐れた、一族の一部の人たちは生まれて間もないあなたを殺そうとした」
「こ、殺す……」
「でも、当然お父さんとわたしは抵抗したわ、一族と戦った……だって、あなたが何であれ、わたしとお父さんの娘には代わらない、陳腐な言い方だけど、わたしとお父さんが愛し合った証があなたなんだもの」
 母は照れるようにチョット頬を染めた。
「それで、わたしたちの抵抗があまりに激しかったから、一族のものたちはあなたを殺すのだけはあきらめて、一つの条件を出したの」
「条件?」
 わたしは首をかしげた。
「そう、あなたが覚醒するまでは、普通の女の子として育てること、退魔師の家系や「妖魔」については、一切秘密にする。もう一つは……こっちのほうが大事なんだけど、あなたが「妖魔」として覚醒したら、「人間の身体に神々の力を持つ者」へ下僕として引き渡すこと」
「その条件を、お母さんたちはのんだの?」
「うん、だってそうしないとどっちにしても、あなたはこの社会で生きていくことが出来ない……主を持たない「妖魔」が生きていくには人間から「精」を奪うしかない。でも、それは人間に災いを為すことになる、そうなれば退魔師たちは黙っていないわ。あなたは殺される……自分の娘が殺されるとわかって頬って、そのままにしておく親はいないでしょ、普通よりちょっと早く遠くに嫁に出すと思って……」
 わたしの頬に熱いものがつたわってきた。母の涙だ……お母さん、泣いてる……
 初めて見る母の涙だった。気丈で強がりな母は人前で涙を見せるようなことは絶対なかった。その母が泣いている……わたしの頬からも涙が溢れた。
「お母さん……わたし、人殺しちゃった……誰かに退治さえちゃうの? わたしやだよ、死にたく、殺されたくない……助けて……」
 わたしは安藤に襲われて殺害してしまったことを、母に涙ながらに話した。
「有宇子……」
 母はわたしを強く抱きしめて言った。
「残念だけどお母さんじゃ、あなたを助けることはできない……退魔師じゃないわたしじゃ一族での発言権もないし、お父さんなら何とか出来るかもしれないけど、今は仕事で連絡が……」
「そんな……」
 わたしは絶望した、このまま誰かに殺されてしまうのを待つしかないの?
「あなたを助けられるかもしれない人がいるは、二人だけ……その二人以外にあなたを助けられない」
 母は話し出した……

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